​Transparent

安部徹朗先生

人生には岐路に現れるキーパーソンが何人か居るものだ。 国立に住んでいた20代の頃、たまに通っていた小さなBARがあった。私はお酒は殆どのまないから、カレーを食べに行くくらい。 そこには.家にまっすぐ帰りたくないおじさん達が、たまたまその日.隣に座った人と次の日には忘れてしまうような話を真剣にしている。そんな昭和な店だった。 そこで仲良くなった一人のおじさん。 ブリューゲルが好きで、大学の授業で聞いたブリューゲルの話をしたら大そう喜んで、それ以来ナホちゃんナホちゃんと可愛がってくれた。話がいつも面白くて、 博識で、辛辣で、歯に絹着せぬ物言いをするおじさんの周りにはいつも人が集まっていた。 そのかなり癖のあるおじさんは、他のお客さんからは安倍先生と呼ばれていた。 私はその頃アメリカにガラスの勉強をしに行くきたくて、行くと決めたけど、 さてどうやったら資金を工面できるのか、いつも頭を抱えていた。 自力で用意した資金はあと少し足りなかった。 諦める事も頭をよぎっていたある日、安倍先生が私に声をかけて来た。いつもは大きな声なのに、その日は小声でちょっと内緒話みたいだった。 ナホちゃん、僕にはね子供が居ないんだよ、僕の仕事も財産も渡す人が誰も居なくてね。でね、僕は沢山の若い人を応援したいって思っていてね。 少しずつだけどね。 そんなような話だった。どうせ酔っ払っているんだ、と思っていたら、またしばらくして同じ話をしてきた。私は人に助けてもらうなんて、思った事もなかったけど、思い切って安倍先生にガラスの勉強をしにアメリカに行きたいけど、あと少し足りないと打ち明けた。 そんな